昨年観たかったのに観られなかった映画ナンバー1の『オッペンハイマー』。監督が私の大好きな『ダンケルク』のクリストファー・ノーランです。もうAmazonPrimeで観れるとは、なんとも便利な時代になったことですね。
観てみて正直な感想は、「よくこれ映画にしようと思ったな」って事ですね。なんちゅーか、いろんな話が絡みすぎてて、スカッと「すげーぜオッペンハイマー!」みたいに全くならない。
政治と科学の綱渡り
理論物理学者で天才的な才能もっているとはいえ、ヨーロッパにいるときには非共産党員ながら左翼活動に従事しており、科学者・技術者の労働組合を組織しようとしていた生粋の活動家で当然にも共産党組織とも関係をもっていたオッペンハイマー。付き合っていた女性はバリバリの共産党員で、後に妻となった女性も元共産党員。当時はアメリカとソ連はナチスに対抗する同盟国だったわけだから、このあたりは「敵の敵は味方」って事でまぁギリオッケーってことかな?と思ってたけど、その後の展開みているともう全然アウトなんだけど優秀だからとにかく原爆完成させてくれよって感じで進んでいく。なんていうか綱渡りも綱渡り。すげーなアメリカ。
面白かったのは、原爆完成間近になってナチスが降伏した途端、開発に参加していた科学者グループが「もうドイツ負けたんだから原爆いらないんじゃない?日本なんか時間の問題なんだから。ていうか原爆威力でかすぎてヤバイ」って感じで原爆開発にビビり始めるところ。もともと左翼活動家であるオッペンハイマーは、科学者同士の自由な討論や情報共有を重視していて、それが軍上層部からしたら機密保持の問題で苦々しくみられていたわけですが、最後の最後で皆が「本当にこれ開発していいの?」って感じの動揺が広がってしまう。
ここでオッペンハイマー、断固として原爆開発推進でゴーするわけです。オッペンハイマー自身はユダヤ人として、ナチスに対する怒りがベースにありナチスに原爆先に作らせてたまるかって感じで突き進んできたはずなのに、ドイツ敗北でモチベーション喪失せず開発推進で突っ走る。ここはもう、科学者魂というか、たとえ大量殺戮兵器だろうと手をつけたからには最後の成功を見ないと収まらないって所だったんでしょうか。
核実験成功と原爆投下ののち、水爆開発に反対するオッペンハイマー
映画のハイライトは最初の核実験であるトリニティ実験。豪雨が続くなかで事前の爆縮実験が失敗に終わるなか、本実験を決行するかギリギリとした緊迫感がなんともハリウッドらしい。実験成功の映像は、人類が自らを破滅させる力を手にした瞬間であるにも関わらず科学者たちが美しさに見入ってしまう様子が描かれている。そして数週間後の原爆投下の知らせに、ロスアラモスの研究所では大歓声の中でオッペンハイマーが演説し、パーティーに酔いしれる。
この映画の各所に現実なのか幻想なのかわからないような映像が挿入される仕掛けになっている。原爆投下直後の集会でオッペンハイマーが原爆投下によるものと思われる黒焦げの死体を踏む幻想をみる。演説途中に「ドイツにも落としたかったな!」と話すシーンも、幻想なのか事実なのか分からない。あれほど原爆開発継続を逡巡したはずの科学者たちが恍惚の表情で原爆投下による民間人の殺戮に歓喜する様子は、ある種の狂気を感じさせる。
戦後、時の人となったオッペンハイマーは、水爆の開発に反対する。アメリカが水爆を開発すればソ連も水爆を開発せざるを得ないから、という事だった。しかし、もともとが左翼活動家で共産党との関係を疑われており、なおかつ原爆開発に参加していた研究者の一人が最初からソ連のスパイだったことも発覚。オッペンハイマーは聴聞会にかけられ、密室での吊し上げにあい失脚する。
特筆すべきなのはオッペンハイマーの妻。このような策謀に対し「戦え!」とオッペンハイマーをなじり、自らも証人として尋問されながら堂々と検事と渡り合う。もともとがオッペンハイマーを陥れるための仕組まれた聴聞会であり、かつての仲間が目の前で裏切るなかで傷だらけになる。そのことで大量破壊兵器を生み出したことの罰として甘受しているかのような態度をとるオッペンハイマーに妻がブチギながら戦い抜くという対照的な姿が印象的だった。
結局なんだったんだオッペンハイマー
左翼活動家であり科学者であり断固たる原爆の開発者であり水爆開発の反対者であり、失脚して後に勲章をもらって英雄として祭り上げられる。原爆の犠牲者についての直接的な描写が無いものの被害者について思いを馳せているようにも見えるが、その点での良心の呵責に苦しんででいるようにも見えない。劇中、最もオッペンハイマーが感情を爆発させたのは昔の彼女でもあった不倫相手の死を知ったときではなかったか。
原爆開発という画にならないテーマを、3時間もの長丁場で一気に見せてしまうのは圧巻というほかない。さすがだぜノーラン。でも、さすがに3時間かけてもう1回みたいとは思わん。ごめん。
※こういう科学と政治と戦争が交錯するテーマでは、ドイツのエニグマ暗号解読の映画『イミテーション・ゲーム』を思い出しました。こちらは、もう1回みたい映画です。